書評   

mayumomo2004-11-16



姫野カオルコ 『ちがうもん』  文春文庫


姫野カオルコがどんな作家なのかも知りません。全くの衝動買いです。

自分の気持ちがうまく言えない。
もどかしい。くやしい。
そんなことが、
こどものとき、
ありませんでしたか?


オビに書かれたこの言葉が気になっての衝動買いです。



この本、内容は短編集なんですがすべて女性(30代〜40代)が主人公です。

都心で人並みに働いてはいる。不満もない。
だけどなぜだか、生まれ育った田舎のあの情景がふとよみがえる。




決して好きとは言えない。帰って一生を過ごしたいと思える場所でもない。


だけど、捨てられないもの。いつまでも変わらないもの。
それが生まれ故郷であり、生まれた時代。


それぞれの主人公はそんな子供の頃見た田舎への思いを巡らせていきます。



主人公がそんなに若い世代ではないので、
振り返る子供の記憶はビルも道路も総合病院もない「昭和」の空気。


それはネオジャパネスク調大好きな私にはほっと出来る情景でした。



さらにこの短編集の大切な共通点はもう一つ。


“家族”の形。


特に父親と母親との関係。


物心ついたころには父と母の間は冷め切っていて
それが当たり前の状態として子供は受け入れている。


納得もしている。


口に出して聴いてはいけないことだということもわかる。


だけど。だけど。


やっぱり『ちがうもん』。


重くなりそうな部分をあえてさらりと流していますが、痛烈な感じがします。



回想がメインなので決して前向きな小説ではないですけど(笑)
これがおとなの楽しみなのかもしれません。


すぅっと入ってきて停滞していく、いいお話でした。




ちなみに。


「あの人は今どうしているんだろう?」

「あの場所はいったいどこだったんだろう?」


私も田舎育ちなのでそういう場所や人がいます。


不定期に家にやってきて、私がせがむと必ず“たかいたかい”をしてくれたどこかの和尚さん。

世界一おいしいウィンナーコーヒーとホットココアを入れてくれた喫茶店のマスター。
(今は嫌いだけど当時はここのココアだったら飲めた!)

こどもたちを集めては近所の神社の境内で昔話を聞かせてくれたおばあさん。


それからドブ臭かった“秘密基地”。


怖くて入れなかった防空壕の跡地。


こういう良いものに出会えるのはこどもの頃だけ。

いい大人がいい思い出をお裾分けしてくれるのかもしれないですね。